約 1,207,090 件
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/98.html
せつな「ラブ、これは何に使う物なの?」 ラブ「それは“耳掻き”だよ。耳の中の垢を取るのに使うの」 せつな「みみかき…?ごめんなさい、何だか想像つかない」 ラブ「そうだ!せつなにやってあげるよ!ほらほら、横になって頭を私の膝に乗せて」 せつな「え?えっと…こう?」 ラブ「そうそう!危ないからじっとしててね…」 せつな「あ…何これ。何だか変な感じ…」 ラブ「こうやって耳の中をお掃除するんだよ」 せつな「ん…気持ちいい…かも」 ラブ「よかった。でも痛かったら言ってね?」 せつな「ラブが優しくしてくれるから痛くないわ。そろにラブの膝枕…とっても心地良い…」 ラブ「えへへ…ありがと、せつな」 番外編 ラブ(あ、そうだ) せつな「きゃ、どこ触ってんのよ、ラブぅ」 ラブ「せつなのおムネ。ほらほら、動くと危ないよ?」 せつな「ず、ずるい…!ああん!やだぁ~!」 ラブ「ワハー!揉みたてフレッシュ!」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/389.html
スイッチ・オフ/一六◆6/pMjwqUTk (疲れた・・・。) 目を閉じて、ゆっくりと深呼吸。ぴんと張った神経の糸を、少しずつ解きほぐす。 頭の芯に、わずかに残る重い痺れ。慣れ親しんだその感覚を、心地よく感じている自分を不思議に思う。なんだか、ダンスレッスンで精一杯動いた後、みんなで「もうダメ・・・」とへたり込んだまま、笑い合っているときの気分と、少し似ているような。 全力で何かに打ち込んだ後に訪れる疲れが、こんな充足感を伴っているということを、せつなはこの世界に来て、初めて知った。 スイッチ・オフ (みんな同じ服を着ていても、この世界の人たちって、それぞれが全く違って見えるのね。) ベッドに寝転がって、ハンガーに吊るした制服を眺めながら、せつなは思う。ちらりと頭をかすめるのは、かつての故郷の人々の姿。彼らに比べて、今日初めて会った級友たちの、何とまぶしく輝いていたことか。 (学校って・・・なんか、楽しそうなところ。) うるさいくらいに明るくて自由な、クラスの雰囲気。先生たちの、厳しい中にも穏やかな愛情を感じる態度。みんなでひとつの黒板に向かって受ける授業も、教室で食べる昼食も、放課後の掃除の時間も・・・何もかもが新鮮だ。 ラビリンスには、集合教育の制度なんてなかったから、せつなにとっては、これが初めての学校生活。そしてそれは、新しい場所で、この世界のもっと数多くの人たちとの交流を持つという、やはり初めての経験でもあった。 素性も過去も知られているクローバーの仲間たちとも、何も聞かずに受け入れてくれた桃園家の家族とも違う。クラスメイトや先生たちは、当然のことながら、この世界で生まれ育ったごく普通の一人の少女として、自分を見る。本当は、この世界では知っていて当たり前の常識すら、まだよくわかっていない自分を。 そう思うと、どうしたって緊張感を覚えずにはいられない。 多くの人の場合、緊張は身体の動きを固くし、その五感を鈍らせる。が、せつなの場合はその逆だ。 目は、自然とその視野を広げ、周囲の状況を最大限に捕えようとする。耳は、どんな小さな物音も聞き逃すまいと身構える。そして、研ぎ澄まされた全身からの情報を受けた頭脳が、瞬時に状況を分析し、判断を下していく・・・。 ラビリンスで培われた、異世界に潜入する戦士としての能力が、身体の中で静かに目を覚まし、その真価を発揮する。 勿論、これは任務ではない。そもそも、一過性の潜入ですらない。 自分を学校に通わせてくれる家族に迷惑をかけず、その思いやりに少しでも答えていくために。そして、他でもない自分自身が、あまりにも狭く縮こまっていた自分の世界を、少しでも広げていくために。これはそのための、大切な一歩だ。 その頑張りが、少しは功を奏したのか。それとも、単に運が良かっただけなのか。 登校初日の周囲の反応は、予想を遥かに上回る、好意的なあたたかなもので・・・正直、せつなは少し、戸惑いを覚えたほどだった。 (ううん、きっと一番の原因は、そんなことじゃないはず。) せつなはベッドの上に起き上がり、フッとその表情を緩める。 (だって、学校に行っても、いつも隣には・・・) そう心の中で呟きながら、今日、人一倍クラスメイトたちを盛り上げていた、一人の少女の顔を思い浮かべたとき。 「せつなーっ、いるぅ?」 勢いのいいノックの音とともに、当の本人の声が、ドアの外から聞こえた。 「あれ?せつな、まだ着替えてないの? ダメだよぉ。お母さんに叱られるよ。」 そう言いながら部屋に入ってきたラブが、ベッドに座ったせつなの隣に腰掛ける。言われてせつなは、自分がまだダンスの練習着姿なのに気付き、思わず顔を赤らめる。家に帰ってホッとしたのか、つい、珍しく着替えもしないでベッドでくつろいでしまっていた。 ラブが隣から、彼女の顔を覗き込む。そしてニコリと笑って 「疲れちゃった?」 と、やさしい声で尋ねた。 その一言だけで、せつなの心に、ポッとあたたかな灯がともる。 「うん・・・。今日は一日、緊張しっぱなしだったわ。」 そう素直に答えると、 「え?そうなの?そうは見えなかったなぁ。」 心底驚いたという顔をするラブ。が、その顔はすぐに、いつもの笑顔に戻った。 「大丈夫だよ、すぐに慣れるって。せつな、勉強もスポーツも凄いんだもん。もうすっかり、クラスの人気者じゃん。」 まるで自分のことのように嬉しそうにそう言って、ね!?とキラキラした目を向けてくるラブに、せつなは心の中で苦笑する。 (・・・そういうことじゃ、無いんだけどな・・・。) そう思いながらも、せつなはラブに、心からの微笑みを返す。隣にラブが居てくれるから、どんなに緊張しても、疲れても、頑張ろうって思えるのだから。 「そろそろ夕ご飯の準備よね?私、着替えなきゃ。」 立ち上がったせつなを、ラブは足をブラブラさせながら、上目づかいで見る。その子供じみた視線に気が付いて、せつなは首をかしげた。 「ラブ。ひょっとして、私に何か話があったの?」 「い、いやぁ・・・。」 ラブの視線がせつなの顔を離れ、所在無げに泳ぐ。その様子を見ていたせつなの顔に、ゆっくりと笑みが浮かんだ。 「ねぇ、ラブ。今日は満月が見られるって、新聞に出てたわ。夕ご飯食べたら、ベランダで一緒に眺めない?」 「うん!いいね、それ。」 途端に弾むラブの声に、少しホッとした響きがあるのを感じて、せつなもまた、嬉しそうにニコリと笑った。 何を相談されるのかは、何となくわかっている。ゴミ捨てから帰ってきたせつなの横を、すり抜けて帰って行った大輔。やっつけるという言葉がぴったりの食べ方で、猛然とドーナツを食べていたラブ。そしてミユキの言葉を聞いて立ち上がったラブの、大慌てに慌てた表情・・・。 一度スイッチを切ったアンテナを、もう一度立てる必要なんて無い。ただ真っ直ぐに向き合って、一心にその話を聞き、心のままに言葉を紡げばいい。 だって、相手は最も心を許した、この世で一番大切な人。誰かと絆を結ぶということを、最初に教えてくれた、親友なのだから。 「ええなぁ。やっぱり、青春って感じや。」 いつの間にそこに居たのか、タルトがベランダでため息をつく。 「アマジュッパ~?」 幼いシフォンのたどたどしい問いかけに、気の早い虫の声が、笑っているように聞こえた。 ~終~
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1483.html
NA-NA-NA ナイスバディ/makiray 「ブッキーぃ!!」 桃園ラブは、山吹祈里がいつもの公園に姿を見せるといきなりかけよってハグした。 「会いたかったよー!」 「私もだよ、ラブちゃん」 後ろでは、蒼乃美希が呆れていた。 「ちょ、苦しいよ、ラブちゃん」 「だって、久しぶりなんだもーん」 「相変わらずね」 ふっと光が舞ったかと思うと、美希の隣に東せつなが立った。アカルンでラビリンスから移動してきたところであった。 「次に襲われるのは せつなだよ」 「美希はされたの?」 「逃げた」 顔を見合わせて笑う。 ラブはその間も祈里をハグしていたが、ふいに体を離した。 「ラブちゃん?」 「…」 かと思うと、またブッキーをハグする。 「ちょっと、ラブちゃん、どうしたの?」 ラブはまた祈里から体を離すと、祈里をしげしげと見つめた。 「ブッキー…大きくなった?」 「今頃、身長なんか――え!」 祈里は笑っていたが、ラブの視線に気づくと、顔を赤くして胸部を両手で隠した。 「ブッキー」 「…」 「ブッキー!」 「ちょっとだけ…」 祈里はラブに背を向けてしまう。ラブは踵を返すと、美希のもとに走った。 「ブッキーがナイスバディになっちゃったよー!!」 「なんだ、今頃気づいたの」 「え、ミキタン、知ってたの?」 「見ればわかるわよ。制服とかだったらボディラインが隠れるけど、いつもの服だもん」 「あたしの勘違いじゃないんだ…」 ラブは祈里を振り返った。 「ブッキーが一人で大人になろうとしてる!」 「人聞きの悪いこと言わないで!」 抗議する祈里。 「あ、せつな。せつなはどう――」 せつなは、ハグしようとしたラブを両手で跳ね返した。 「やめてよ」 「せつなが、あたしに隠し事してるー!」 「そんないやらしいことのためにハグなんかさせない!」 「ミキタンは?」 「私は変わってないわよ。 変わらないように気をつけてるもの」 美希はむしろ自慢げに言った。モデルさんだもんなー、と うなだれるラブ。美希は意地悪気に笑った。 「ラブ、太ったんでしょ」 「な――なんのことでごじゃりまするか?!」 ラブが飛び上がる。近寄ろうとしていた祈里はその勢いに後ろへ下がった。 「あたしの目をごまかせると思ってるの?」 美希が意地悪気に笑うと、せつなもうなずいた。 「せつなもそう思ってるの?!」 「私には数値のことはわからないけど、人の体形をやけに気にしてるのは、自分が太ったからだとすれば説明がつくもの」 「う…う…う…」 涙目である。祈里はラブが気の毒になったようだが、美希は逆に、もっとラブのスタイルをよく見ようと後ろに下がった。 「そう気にするほどでもないと思うけど。何キロ増えたの?」 「ひっ!」 ラブが引きつる。 「わかったわよ。言わなくていいから。 でも、それくらいならちょっと運動すれば大丈夫じゃない?」 「そうかな…?」 「うん…。 最近、忙しくてダンスもあんまりしなくなっちゃったし、また一緒にやる?」 「うん。やる! ダンスする! ブッキーも一緒にやろう!」 さっき泣いたカラスが、とはこのことである。ラブは美希や祈里と固い握手をした。せつなとも、ラビリンスでもダンスするよね、などと念を押している。 「じゃ、みんな揃ったところで、カオルちゃんのお店にレッツゴー!」 「なんでよ」 美希が白い目で見ている。 「太った太ったってわめいてたくせにドーナツはありえないでしょ」 「スタイルに気を付けてるミキタンだっていつも食べてるじゃん」 「あたしはバランス考えてるもの。今日だって、四人揃ったらカオルちゃんだろうなー、と思ったからご飯少なめにしてきたし。 ラブは?」 目をそらすラブ。 「ラ・ブ」 「ふつうに…お腹いっぱい…」 「はい終了」 「そんな」 「しばらくドーナツ禁止だねー」 「ね、ちょっと」 「朝はしっかり食べるとして、でも、ジョギングとか日課にした方がいいかな」 「ミキタン」 「お昼は控えめ、晩御飯は更に少な目」 「蒼乃先生」 「夜のおやつは問題外。お肌にも悪いしね。 それで週末はダンスレッスンってことにすれば、二、三カ月でそこそこ絞れると思うよ」 「三カ月もドーナツ禁止?!」 「そうだ、ミユキさんにも相談してみたらいいんじゃないかな」 「お願い、ミキタン!」 美希は、袖をつかんで懇願するラブを無視、カオルの店から遠ざかる方向にずんずんと進んでいった。真面目に考え込んでいた せつなが、何かいいダイエットを思いついたのか口を開けたが、ラブの耳には届いていないようだった。祈里が苦笑する。 「ミキタンってばぁ…!」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/370.html
【確かな光】/恵千果◆EeRc0idolE この世界に、自分よりもずっとずっと大切な人がいる。それは、どれ程すごいことなんだろう。 そんな人に出会えたわたしは、なんて幸せなんだろう。 朝の光がカーテンの隙間からこぼれ落ちて、わたしを優しく起こした。 薄暗い館での生活が長かったせいでまだ慣れないけれど、陽光の眩しさが嬉しいと思える。 けれどまた、そんな風に感じる自分にも戸惑いを覚える。 相反する感情の動きに立ちすくみ、ベッドの中で身動きが取れずにいた。 コンコンコン。ノックが3つ。ラブだ。 「はい」 「おはようせつな。もう起きてたんだ」 「ついさっき起きたところよ」 眩しい。ラブの笑顔からも柔らかな光がもれてくるよう。 あなたって、まるで太陽みたい。 「ゆっくり眠れた?」 「ええ、ぐっすり。夢を見なかったのは久しぶりよ」 「夢?せつなはどんな夢をよく見るの?」 「……内緒。言わないわ」 「えー!せつなのケチー!教えてよ。あたしの夢も教えてあげるから」 「だめ」 「なんで!」 「……恥ずかしいから」 言えないわ。だって、あなたの夢なんだもの。 いつだって、夢に出て来るのは、あなたとわたしが楽しく過ごす場面ばかり。 おしゃべりをしたり、ドーナツを食べたり、買い物をしたり。 あまりにも楽しくて、目が醒めた時、目醒めたことを後悔して酷く虚しくなるほどに。 急に黙り込んだわたしのすぐそばに腰をかけて、ラブは口を開いた。 「せつな、あたし……起きた時にね。全部夢だったらどうしようかと思ったの。せつながちゃんと居てくれるか、急に不安になっちゃって……。 でもドアをノックして、せつなの声がして。姿が見えて。すごく嬉しかった」 「ラブ……。わたしもまだ、夢の中にいるのかしら。ラブの家にいて、ラブの隣の部屋で眠れて、それから……ラブが起こしに来てくれて。これが夢なら醒めなければいいのに」 「夢なんかじゃないよ!せつなはこれからこの家で、たくさんたくさんやることがあるの」 「なあに?何をすればいいの?」 「楽しいことをだよ!あたしと暮らしながら、楽しいことをたっくさん!」 「楽しい……こと……たくさん……」 「そう!楽しみにしててね!」 いきなり、むぎゅっと強く抱き締められた。 「夢じゃない……ホンモノのせつなだ……」 「ラブ……」 ラブの息づかいが耳元にかかり、こそばゆい。 わたしも怖ず怖ずとラブの背中に腕をまわす。 強い力でしがみつくラブの背中をあやすようにそっと撫でると、強張っていたラブの身体から少しずつ力が抜けてゆく。 「……よろしくお願いします」 「そんな言い方、他人行儀だよ!」 「そうかしら」 「だってあたしたち、今日から家族なんだから!」 家族。生まれて初めてできた、わたしの家族。この世で一番大切な人が、今、わたしを家族にしてくれた。 目頭が熱くなり、視界がぼやける。わたしの眼からこぼれ落ちた雫をラブは指で拭うと、そのまま口元へ運び、ぺろりと舐めた。 「しょっぱいね」 「ラブったら!」 「だってもったいないもん。せつなの涙」 「どして?」 「だってキラキラしてる」 キラキラしてるのはあなたよ、ラブ。こんなに眩しくわたしを照らしてる。 その確かな煌めきで、わたしの未来を明るく射し示してくれている。 あなたはわたしの光。今までも、これからも。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/759.html
定番と冒険の折り合いは/そらまめ 「せつなっていっつも同じメニュー頼むよね」 「え?」 ファミレスでドリンクバーのジュースを飲みながら、ラブは対面に座るせつなにそう言った。二人で買い物に出かけたついでに昼食をと近くのチェーン店に入り、ラブは今週から新しくメニューに加わった新商品を、せつなはラブの頼んだものも気になったが、結局いつものメニューを選んでいた。 「マッ○とかでも頼むセット同じだし」 そういえばそうかもしれないと自分の行動を思い出しながら、問いかけられたラブのことも同時に思い出す。 「ラブは毎回違うメニュー頼むわね」 「うん。だっていろんなの食べてみたいじゃん。新商品とか味気になるし」 「んーでも、せっかく来たのに食べたものがおいしくなかったら嫌じゃない。新商品まずかったらどうするのよ」 「そこは、ドンマイってことでいいじゃん。それにおいしかったら新たな発見で嬉しいし」 「私はおいしいと思ったものはしっかり記憶したいから、新しいものに手をつけることはあまりしたくないわ」 「せつなってば慎重すぎるよ~そんなんじゃ流行に乗り遅れちゃうよー」 「…私は、ラブみたいに何でもかんでも新しいものに飛びつけばいいって考えじゃないから」 「むっ…なにさその言い方…せつなはあれだよね、ちょっと臆病すぎるよね。いつもいつも同じものって、せっかく外食してるのになんかつまんない」 「それは私がつまんない性格だって言いたいの?」 「そんなこと言ってないじゃん! それって被害妄想」 「ひがっ! …へーそう…私のことそんな風に思ってたの…」 「それはせつなもお互い様でしょ? 言わないだけであたしに言いたいこと一杯ありそうだし」 イライライライラ…ラブとせつなの間にギスギスした空気が流れだし、二人しかいないテーブルでお互い目を合わさずに、ストローをコップの中で無意味にかき混ぜたりする。 せつなは、喉が渇いているわけではないけどラブと話さないとなるとやることがないのでジュースを飲み続けた。 確かに私が頼む物はいつも同じだけど、別に悪いことしてるわけじゃないし、それを流行に乗り遅れるなんて言い方されたら少しカチンとしてしまうのはあたり前じゃないか。なんて頭の中でラブの発言に対する反論をしていた。 そのうち、ズッ…とコップから音がして、いつのまにか氷だけになった空の容器に少しだけ落胆する。 正面を見るとラブのコップも同じように中は空。 …少し思案した後、せつなはさっきの不機嫌さを隠しとてもにこやかに笑いながら立ち上がった。 「ラブ。ドリンクバー入れてきてあげる」 「え? あ…あり、がと…」 せつなの急変した態度と行動にあっけにとられながらもコップを渡すと、自分の分と二つを手に持ち歩いて行った。 ラブはその後ろ姿を見送りながら、なんだか分からないけどこうやって親切にしてもらうと自分もさっきは言い過ぎたかもしれないと思えてきて、せつなが戻ってきたら謝ろうかなと窓の外を眺めながら思い直した。謝ればせつなだって許してくれるよね。 戻ってきたせつなは、どうぞ。と言って目の前にそれを置く。 何を入れてきてくれたんだろう?液体の色は黒だからコーラかな?なんて思いながらストローを刺して飲んでみた。 「ブッハっ!? なにこれ?!」 コーラだと思ったのに、それ以外にオレンジの味やメロンソーダ、あまつさえキャロットジュースの味もする… 「ラブは新しいものが好きなんでしょ? たくさんのジュースが味わいたいかと思って」 ……前言撤回。にこやかにそんなこと言ってくるなんて、どんだけ根に持ってるの。謝ろうかなって思ったあたしがばかだった。 「せつなはいつまでそんな細かいこと気にしてるの? そうやってねちねちしてるのってどうかと思うよ?」 「あら。私はさっきのラブの意見を尊重してあげただけよ?」 「そういう遠回しな嫌がらせはやめてほしいね。行動じゃなく言葉にしてぶつけてみたら? 今更人と会話するのが苦手なんて言い訳は通じないからね。あたしに対しては特に」 「ラブだからってことかもしれないわよ?」 「それどういう意味さ?」 「さあ…?」 少し会話できたと思ったらさっきの状況に逆戻り。 お互いしばらく無言でいたが、少し経ってウェイトレスが料理を持ってテーブルに近づいてきた。 「お待たせいたしました。○○○でございます」 「あ、はい。それあたしです」 「こちらは×××になります。以上でよろしいでしょうか?」 「はい。ありがとうございます」 テーブルの上に出来立ての料理が並ぶ。喧嘩はひとまず置いて、どちらもおいしそうだしお腹もすいていたので手に箸を持ち「いただきます」と声を揃えて食べ始めた。 せつなはちらちらとラブと彼女が食べている料理を交互に見る。注文する時少し迷っていたそれは、その目で実際見てもおいしそうだった。まあ、自分が頼んだいつものこれもやっぱりおいしいから満足だけど。 ラブもせつなと同じように彼女が食べる料理とその姿をちらりと見ていた。 毎度、新商品を頼む自分も、たまにはいつものやつも食べてみたいとほんとは思っていた。けれどやっぱり新しい物の味は気になるので結局そっちにしてしまう。せつなの食べてる料理もこの料理もおいしいけど… 二人して同じ動きをしているのにそれに気づかず目も合わない。ついでに似たようなことで悩んでいることなどお互い知る由もなく、喧嘩中の二人は黙々と料理を口に運ぶ。 すると、言葉のない静かな空間にどこからか母親と小さな子供の楽しそうな会話が耳に入ってきた。 「わあっ! おいしそうー!」 「みーちゃんはいつもそれ頼むわね。本当に大好きなのね」 「うん!だっておいしいんだもん! でも、お母さんのもおいしそうだね」 「ええ。みーちゃんのもすっごくおいしそうよ。そういうのもうずいぶん食べてないから少し羨ましいわ」 「…んー、じゃあ、わたしの少しあげるからお母さんもわたしにすこしちょうだい?そうすればどっちも食べられるよ!」 「まあ、いいの?」 「うん!」 「それじゃあ、はい、あーん」 「えへへ…あーん…」 ………そんな微笑ましい会話が静まり返ったテーブルに届く。そうかそうすればよかったのかとラブもせつなも思わず顔をあげると、今度はしっかりと目があった。 …なんだ。同じこと、思ってたのか。目があった時伝わってきた気持ちに、どちらからともなく笑いがこぼれた。 「ねえせつな、あたし実はその料理気になってたんだ。それ最後に食べたの結構前だったから。だからね…」 「私もね、ほんとはラブが頼んだそれ食べてみたいと思ってたの。だから…」 「「半分こしよう?」」 「せつな、さっきはごめんね。言い過ぎたよ」 「私の方こそあんな意地悪してごめんなさい」 「これで仲直りだね」 「ええ、ありがとうラブ」 「やっぱりこれはいつ食べてもおいしいや」 「こっちも今までにない味でおいしい…」 「定番もいいもんだね」 「新しいメニューを冒険するのもいいものね」 そうして食べた今日の昼食は、いつもよりもおいしかった気がした。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/674.html
『冬のあったか祭り2014~開幕~』/夏希 ◆JIBDaXNP.g ラブ「せつな~! 美希たーん! ブッキー! はやく、はやく、はじまっちゃうよ~!」 せつな「どうしたの? ラブ。何が始まるの? またパーティーかしら」 美希「今の時期だとバレンタインで決まりよね。ズバリ友チョコの交換会でしょ?」 祈里「女の子同士でってことなら、ひな祭りも近いよね」 ラブ「え~っとね、よくわからないけど、“ぬくもり”をテーマに盛り上がろうってイベントらしいの」 美希「よくわからないものに乗っちゃうのね。まったくラブときたら、お祭りなら何でもいいんだから」 せつな「でも、ぬくもりってどういうものかしら? 漠然としたイメージならあるけど」 祈里「そうよね、あらためて聞かれると定義って難しいかも」 ラブ「簡単だよ! あったかくて、幸せゲットって感じじゃない!」 せつな「そうだけど……。テーマにして語るなら、その『感じ』が説明できなきゃダメでしょ?」 祈里「わたしは動物さんを抱っこしてるとぬくもりを感じるわ。人の肌と同じか、それより少しあたたかい温度のことなんじゃ?」 美希「モデルの仕事で『ぬくもりのファッション』なんてテーマがあったの。『ぬくもりが感じられる笑顔』なんて、無茶な要求をされたこともあったわね」 ラブ「そっかー、必ずしも温度のことじゃないんだね」 せつな「おとうさんが作ってくれた木製の勉強机は、ぬくもりが感じられるわ。手作りとか、自然の物って意味はあるんじゃないかしら」 祈里「『ぬくもりが感じられるストーリー』なんてのもあるよね、おとぎばなしとか」 美希「収拾が付かないわね。辞書を引いてみましょう」 “ぬくもり”とは、人の優しい心の働きのこと。心で感じ取るあたたかさのこと。 または物理的な温度のこと。人が心地よさを感じる程度の、エネルギー量や熱量のこと。 ラブ「うーん。わかったような~、わからないような」 美希「でも、話してたので大体合ってるんじゃない?」 祈里「曖昧なのは、『心で感じ取る』とか、『心地よさを感じる』って部分よね。人によって違いそう」 せつな「でも、必ず共通してることが一つだけあるわ」 ラ美祈「「「それは?」」」 せつな「ぬくもりが感じられるってことは、あたたまるってことよね? それはつまり、今は寒さを感じてるってことよ。心にしても、体にしても」 ラブ「せつならしい考え方だね。じゃ、みんなで“ぬくもり”を持ち寄って、幸せゲットしようよ!」 美希「それならアタシにまかせて! みんなの心も体も、完璧にあたためてみせるわ」 祈里「春が訪れるようなあたたかい企画になるって、わたし信じてる」 せつな「そうね、私も精一杯がんばるわ!」 ラブ「それとね、実はあたしたちだけじゃないんだ」 謎の少女たち「ラブ~、みんなぁー、久しぶりっ! 招待状ありがとーっ!」 美祈せ「「「その声はっ!!??」」」
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/285.html
せつながラブと同じ中学に入学し、ラブがみんなにせつなを紹介する。 群がるクラスメートに戸惑うせつな。フォローするラブ。 そんな感じでラブはせつなにつきっきり。 「おいラブ。今日の約束忘れてねーだろうな。」 「はいはい、わかってるって。でね、せつなは・・・。」 「ホントにわかってんのかよ・・・。」 案の定大輔との約束を忘れ、せつなと帰宅するラブ。 次の日、怒ってラブに詰め寄る大輔。 タハハ忘れちゃった~と笑うラブにぶち切れ、もういいと出て行く大輔。 「あ、待ってよ」 大輔を追いかけるラブ。 何だかんだで仲直り。 「ごめんね、大輔。(せつなー、どこ行ったの?)」 「もう約束、忘れんじゃねーぞ。」 それを物陰から暗い目で見つめるせつな。 大輔と親密に話すラブを見て、せつなは胸が苦しくなる。 ついラブを避けてしまい、二人の間には気まずい雰囲気が流れる。 (私、どうしたらいいの?この胸の痛みは何?) (せつな、どうして私を避けるの?あたしのこと、嫌いになっちゃったの?) すれ違う二人。 せつなはラブの前で涙を流す。 「ごめんなさいラブ。ラブが他の子と仲良くしているのを見ると、どうしても我慢出来なくなるの。 おかしいよね、こんなの。私、どうしちゃったんだろ・・・。」 「せつな・・・!」 お互いの存在がどれだけ大切か、離れていた時間が教えてくれた。 抱き合う二人。重なる唇。 その夜・・・ラブの部屋で。 「ラ、ラブ。こ、これでいいの?」 「うん。とってもキレイだよ、せつな。」 「や、やだ。恥ずかしいからあんまり見ないで。」 「だって~。せつな、とっても可愛いんだもん。もっと恥ずかしがるせつなの顔、見たいな。」 「も、もう!ラブったら!」 「・・・好きだよ。せつな。」 「ラブ、わ、私も・・・。んっ・・・あ!」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1149.html
幸せは、赤き瞳の中に(第1話:幸福な食卓) 高速で後ろへと流れる光の回廊が、ふいに途切れる。 目の前に現れる白いゲート。開いた先には、もう西の空へ傾きかけた太陽と、まだ真昼のような明るさを残した空があった。 「とうちゃ~く!」 ラブが右手を高々と挙げてそう叫ぶと、ぽん、とクローバーの丘の上へと降り立つ。美希と祈里が、互いに顔を見合わせて小さく微笑み、ラブに続く。それを見届けてから、せつなも笑顔で異空間移動ゲートの外に出た。 途端に初夏のじっとりとした熱と、むせ返るような草の匂いが体を包む。 東せつなとしてラビリンスに戻ってから半年と少し。四つ葉町に帰るのは、これが三度目だ。そして毎回、こうやってこの世界の季節に肌で触れると同時に、胸の奥をやんわりとつねられたような、優しい痛みを感じる。 ほんの数秒、静かに目を閉じてその感触を味わってから、せつなはパッと目を開け、小走りで仲間たちの後を追った。 「いやぁ、楽しかったなぁ、お料理教室!」 「ま、先生があまりにも先生らしくなくて、お料理教室っていう感じじゃなかったけどね~」 満足そうなラブの後ろから、美希がからかうような口調で声をかける。 「もぉ、美希たんってば。みんなで楽しくお料理して、楽しく食べられたら、それが一番だよぉ」 「うん、そうだね。なんて言うかぁ、凄くラブちゃんらしかったかも」 「うん! って……ブッキー、それってどういう意味?」 くるりと美希を振り返って口を尖らせたラブが、祈里の笑顔に複雑な表情で首を傾げた。それを見て、せつながたまらず、口に手を当ててクスクスと笑い出す。 「あーっ、せつなまで笑うなんてヒドい!」 「ごめんごめん」 (それにしても……やっぱりみんなは凄いわね) せつなは、笑いさざめく仲間たちに笑顔を向けながら、心の中でそっと呟いた。 幸せは、赤き瞳の中に ( 第1話:幸福な食卓 ) 中学三年生の夏休みを迎えたラブたちは、今日、せつなと一緒にラビリンスに出かけていたのだった。せつなが給食センターの職員たちと一緒に春先から準備して来た、新生・ラビリンスで初めての料理教室の、お手伝いをするためだ。 調理器具と一緒に用意した真新しい調理台の前に、これまた新品のエプロンを身に着けた、老若男女三十人ほどの生徒が並ぶ。一番後ろの調理台には、今日の手伝い要員として、既に料理の手順を覚え、せつなと一緒に予行演習も済ませた給食センターの職員たちが、ずらりとスタンバイしている。 期待と緊張が入り混じった彼らの視線の先には、この日のために祈里が作った、赤、ピンク、水色、黄色のエプロンを着けた四人の少女たち。その中の一人――赤いエプロンを着けたせつなが、口火を切った。 「皆さん、準備はいいですね? ……じゃあラブ、お願い」 「は、はい!」 ラブがゴクリと唾を飲み込んでから、調理台の上のタマネギを手に取る。それを合図に、美希と祈里は調理台を離れ、生徒たちの横手に回った。 今日のメニューは、ラブが得意なハンバーグと、サラダと野菜スープだ。 包丁さばきは実に鮮やかなのに、説明は何だかしどろもどろのラブに代わって、せつなが分かりやすく料理の手順を解説していく。 せつなの言葉に耳を傾け、ラブの手元を一心に見つめてから、生徒たちがぎこちない手つきでタマネギの皮をむく。そして、包丁の持ち方を何度も確認しながら、真剣な面持ちで微塵切りを始めた。 辺りはしんと静まり返って、聞こえるのは説明役のせつなの声だけ――そんな状況が数分続いたのだが、生徒たちの間から、小さく「痛っ!」という声が聞こえた途端、その場の空気はガラリと変わった。 「あ! 指切った? 大丈夫? う、うわぁっ!」 ラブが慌てて声のした方へと向かおうとして、勢い余って床につんのめりそうになる。 「ラブ! だいじょぶ?」 「もうっ、何やってんのよ」 せつなと美希が素早く駆け付けて、両脇からラブを支えた。 「怪我は、大したことないみたい。痛みますか?」 「いいえ、もう大丈夫です。ありがとう」 その頃には、怪我をした女性の元には祈里が駆け付けていて、慣れた手つきで手当てをしていた。 「ナハハ~、失敗失敗。えーっと、台所にはいろんなものが置いてあるし、火を使う場所だから、何があっても落ち着いて……」 「それ、お母さんがよくラブに言ってることよね」 「うっ……ごめんなさい」 照れ笑いのラブに、極めて真面目にツッコむせつな。二人のやり取りを隣で見ていた美希が、アハハ……と明るく笑った。それにつられるように、あちらこちらから小さな笑い声が漏れ始める。 それはだんだんと大きくなって、ついには調理場全体が明るい笑いに包まれた。 ラブが再び照れ笑いをしながら、気を取り直して調理台に立つ。 「怪我が大したことなくて良かった……。包丁はね、慌てないでちゃんと使い方を守れば、恐くないんです。ほら、こうやって。ね? あ、見えにくい人は、遠慮しないでこっちに見に来ちゃって!」 あの小さな失敗が功を奏したのか、ラブの口調がさっきよりずいぶん滑らかになっている。生徒たちの方も、周りを見回しながら恐る恐るラブの周りを取り囲んだ。 美希がその様子を見て小さく微笑むと、近くでタマネギと格闘している男の子の元へと向かう。 救急箱を片付けて戻って来た祈里の方は、照れ臭そうな笑顔で、せつなに小さく手招きした。 「せつなちゃん。あっちの人、切り方ちょっと間違えてるみたい。わたしはお料理あんまり得意じゃないから、せつなちゃんが見てあげてくれる? お願い」 せつなが一瞬ポカンとしてから、その言葉にフッと頬を緩め、祈里に教えられた生徒に歩み寄った。祈里はそれを見届けてから、今度は後ろで成り行きを見守っている給食センターの職員たちに、にっこりと笑いかける。 「よぉし、じゃあ切ったタマネギをボウルに入れて、挽肉と混ぜて行くよ~」 よく通るラブの声に、調理台のあちこちから、はーい、という声が上がる。 その頃には、手伝い要員も含めた全員が調理台に立って、小声ながら談笑しつつ、楽しげに料理を始めていた。 さらに一分の後。 「いいこと思いついたっ!」 ハンバーグのタネを完成させ、それを丸める段階に移ろうとしたラブが、再び明るい大声を上げた。全員が手を止めて、最初の時と比べて格段にキラキラした目でラブに注目する。 「ねぇ、みんな。少し小さくなっちゃうけど、このボウルの中身を二つに分けて、一人二個ずつハンバーグ作ろうよ!」 「でも、これはハンバーグ一個分の材料なんですよね?」 生徒の一人が不思議そうに問いかける。 「うん。でも大丈夫だよ! 一個は自分で食べるけど、もう一個は誰かに食べてもらうの。そしてその分、誰かのを貰って食べ比べてみるの。 みんな、自分が作ったハンバーグだけじゃなくて、隣の人が作ったのも食べてみたいでしょ? それに、自分が作ったハンバーグも、誰かに食べてもらいたいって思わない?」 全員が一瞬しんとしてから、隣同士、そっと目と目を見合わせた。そして少しくすぐったそうに、小さく笑い合う。その時、手伝い要員として参加していた若い女性が、あ、と明るい声を上げた。 「それって……誰かと“半分こ”ってことですね?」 「その通り!」 ラブが満面の笑顔で頷いてから、近くの調理台を手伝っているせつなの方に目をやった。照れ臭そうな、少し得意そうな、そしてとても嬉しそうな、何とも複雑な表情。それを上目づかいに一瞬だけ睨んでから、せつなが赤くなった頬を隠すように、さりげなく顔をそむける。 「じゃあ、予備の材料も持って来て、もっとたくさん作りましょうか。僕、材料を取りに行ってきます」 「いいね! せっかくだから、たくさん作った方が楽しいよね!」 今度は若い男性の手伝い要員の弾んだ声に、ラブは緩みかけた顔を慌てて引き締めると、一緒に張り切って冷蔵庫に向かおうとする。だが。 「ちょっと、ラブ! 半分を交換するだけなら、たくさん作る必要はないでしょ?」 せつなの生真面目な声が追いかけて来て、ラブと若者は、あ……と顔を見合わせた。 どちらからともなく、エヘヘ……と力のない笑い声を上げて頭を掻く。その情けなさそうな顔に、調理場は再び穏やかな笑いに包まれた。 こんなちょっとした暴走はあったものの、ラブの提案のお蔭で、調理の後の試食タイムはさらに賑やかで楽し気なものになった。 自分が作った料理を食べる仲間の顔を、心配そうに固唾を飲んで見つめる者。 同じ材料を使って同じ手順で作っているのに、こんなに味が違うなんて……と驚く者。 美味しい、という仲間の声を聞いて、嬉しさと照れ臭さでひたすら目を泳がせる者。 中には“半分こ”だけでは飽き足らず、別のテーブルにまで出かけて行って、ひと口ずつ食べ比べを始める者も出始めた。 「は~い、ハーブティーが入ったわよ~。肉料理に合うように、さっぱりしたブレンドにしてみたの。良かったらどうぞ」 美希が、祈里に手伝ってもらって、ポットとカップを載せたお盆を持ってテーブルを回る。今日のメニューに合わせて自分で選んだ茶葉を、四つ葉町から持って来たのだ。 そもそも“お茶を飲む”という習慣が、ラビリンスには無い。 誰もが恐る恐るカップに口をつけ、美味しい、と呟いたり、何だか不思議そうな顔をしたり、くんくんと匂いを嗅いだり。 そのうち何人かが美希の周りに集まってきて、熱心に質問し始めた。美希も柔らかな口調で、丁寧に質問に答えている。 せつなは、ラブと並んでテーブルに座り、全員の様子を端から端までじっくりと眺めていた。 その顔には穏やかな笑みが浮かんでいるが、よく見るとその赤茶色の瞳が、小刻みに揺れている。彼女が内心ひどく驚き、激しく心動かされている証拠だった。 四つ葉中学校の昼休みよりは静かだけれど、わいわいガヤガヤと絶え間なく聞こえてくる無秩序な声。 時に楽しげに、時に心配そうに、相手の反応に一喜一憂して、くるくると変わる人々の表情。 テーブルのあちこちから、これまた絶え間なく響いて来る、楽しそうな笑い声。 ほんの数か月前、給食センターで自分一人が先生になって開いた、今日のための予行演習の様子を思い出す。 あの時も、人々は今日のようにとても熱心で協力的だったけれど、今日とは雰囲気が天と地ほどに違った。初めて経験する料理というものに、目を輝かせて興味津々ではあったけれど、こんなに楽しそうな空気は感じられなかった。 (本当に、ここはラビリンスなのかしら……) どうやったらみんなでご飯を作って食事をする幸せを伝えられるのか、あの時は一人、人知れず悩んでいたというのに……。 ラブがそんなせつなの様子を、実に嬉しそうな眼差しで、隣からそっと見つめる。そして、ハンバーグのカケラをわざとらしく、ごっくん、と飲み込んでから、おもむろにせつなの肩をつついた。 「ほら見て、せつな。あの子たち、何だかあたしたちみたいじゃない?」 そこには、ちょうど中学に上がるかどうかというくらいの年頃の女の子が二人、頬と頬とをくっつけるようにして、小さな一つのハンバーグを仲良く一緒に食べている姿があった。 ねっ? と少し上気した笑顔を向けてくるラブに、赤い顔でコクリと小さく頷きながら、せつなは何だか夢でも見ているような気持で、この明るく幸せに満ちた食卓の光景を眺めていた――。 ☆ 「せつな~、どうしたのぉ?」 不意にラブの声が聞こえて来て、せつなは追憶から覚めた。いつの間にか、仲間たちからずいぶん遅れてしまっている。ラブ、美希、祈里の三人は、いつになく歩みの遅いせつなを心配するように、こちらに顔を向けて立ち止まっていた。 四人はクローバーの丘を抜けて、クローバータウン・ストリートの近くまでやって来ていた。前方から聞こえて来るのは、きっとすぐ先の四つ葉町公園で鳴いている、蝉たちの声だろう。 「何でもないわ」 せつなは笑顔で駆け出すと、仲間たちと並んで歩きながら、彼女たちの顔を見回した。 「みんな、今日はどうもありがとう」 「どういたしまして! あたしもすっごく楽しかったよぉ」 「何よ、改まって。まぁ、アタシのハーブティーも好評だったし」 「わたしはあんまり役に立てなかったけど、みんなで作ったハンバーグ、美味しかったよね」 いつもと変わらない三人の笑顔に、せつなの笑みも大きくなる。だが。 「さぁて、明日から何しよっか。まずはダンスレッスンでしょう? それから、四人でどっかに遊びに行ってぇ……あ、週末になったら、家族でドライブに行くのもいいかも! ねぇ、せつな。それまでこっちに居られるでしょう?」 ラブの弾んだ声に、せつなの顔が少しだけ曇った。 「……せつな?」 「あ……うん。それくらいは居られるといいんだけど……」 「ラビリンスで、急ぎの用事があるの?」 ラブと美希に心配そうな顔を向けられて、せつなが慌てて笑顔を作る。 「ごめんなさい。まだ予定が立っていないけど、次のお料理教室の準備を、いつから始めなきゃいけないかなって……。まだまだ、希望者がたくさんいるし」 「でも、給食センターの人たちは普段の仕事もあるから、そう頻繁には開催出来ないんでしょう? その、毎週、とかは」 祈里の言葉に、そうね、とせつなが頷くと、ラブが勢い込んでその手を取った。 「だったら、せつなはもう少しこっちに居なよ! あたしたちも夏休みだし、お父さんとお母さんも、せつなと一緒に居たくてうずうずしてるんだからぁ!」 ねっ? と笑顔でこちらを覗き込んでくるラブの瞳に、自分の顔が映っている。 少し困ったような、それでいてとても嬉しそうな……。その顔は驚くほど間が抜けた、無防備な顔に見えた。 何だか少し可笑しくなって、せつなはフッと小さく笑う。 (これが私の、幸せな顔なのかしら) 幸せな時間を積み上げることで、自分の幸せの形を知っていきたい。そうすることで、ラビリンスの人たちに幸せを伝えることも、きっと出来るはず――。 それは今年の春、ある事件をきっかけに再び四つ葉町に帰って来たせつなが、そのときの経験を通して学んだことだった。 今、この幸せの町で、家族や親友たちと過ごす時間を持てたことも、きっと幸せの形を知る一歩なのだろう。 ラブや美希や祈里、あゆみや圭太郎にとっての、特別な日々を送るわけではない。求めているのはささやかだけどあたたかい、ごくありふれた日常。でも、せつなにとってそれは特別の、かけがえのない一歩だ。 その一歩を積み上げて行けば……。 (私もいつか、みんなのように幸せを広げていけるかしら) 「わかったわ。じゃあ週末まで精一杯、みんなと楽しく過ごさせてもらうわ」 「やったぁ!」 ラブが両手を天に高々と突き上げて叫んだ、そのとき。 「よぉ。お前たち、今帰りか」 聞き慣れた声と共に、公園の入り口から、一人の男が姿を現した。 オレンジ色の半袖シャツに、グレーのハーフパンツ。すっかり夏の装いとなった、西隼人――元・ラビリンス幹部ウエスターの、この世界での姿だ。 「隼人さん!」 ラブが嬉しそうな声を上げて、男の方へと駆け寄る。三人もそれに続いたが、隼人の顔を見た瞬間、せつなは僅かに顔をしかめた。 隼人の方はそんなことを知ってか知らずか、いつもの能天気な笑顔で四人を迎える。 「もう来てるなんて早いね。カオルちゃんに、今日の報告?」 「おう。今日は押しかけて悪かったな。おまけにご馳走にまでなっちまって」 「ううん。たっくさん作ったから、みんなに食べてもらえて良かったよ」 嬉しそうにかぶりを振るラブに、隼人も穏やかな笑みを返す。 ウエスターが、今所属している警察組織の部下らしい若者を何人も連れて、料理教室の会場にふらりと現れたのは、試食タイムの最中だった。それも、ウエスターお手製のドーナツが入った紙袋を、彼自身も部下たちも皆、両手いっぱいに抱えて。 元々ドーナツに目が無かったウエスターは、ひょんなことからカオルちゃんに弟子入りして、熱心にドーナツの作り方を習っている。今日はその成果である手作りドーナツを、大量に持って来てくれたのだ。 思いがけないデザートの差し入れに、会場は更に湧き立った。そして、急遽彼らの席が設けられ、みんなで作った料理を分け合って、一緒に食べることになったのだった。 「隼人さん、腕を上げたよね~。今日のドーナツ、超美味しかったよぉ」 「そうか!?」 ラブの言葉に、隼人が心底嬉しそうな顔をする。 「うん! みんなもすっごく喜んでたよ。じゃ、あたしたちからもカオルちゃんに、ちゃんと感想を報告しなきゃね。行くよっ、せつな、美希たん、ブッキー!」 「オーケー!」 「うん!」 ラブが、あの頃と同じように仲間たちに号令をかけて、ドーナツカフェへ向かって走り出す。美希と祈里はすぐに後に続いたが、せつなは隼人の隣に立って、大男の顔を見上げた。 「ねえ、隼人」 「なんだ?」 「今日、あなたが連れて来た人たちの中に、女の子が居たでしょう? あの子もあなたの部下なの?」 「いや、あいつはまだ、単なる知り合いと言ったところだ」 事もなげにそう答えた隼人だったが、せつなの次の質問――正確には確認の言葉を聞いて、その表情が微妙に変わった。 「あの子……施設育ちよね?」 「やっぱり分かるか。まぁ、俺が連れているヤツらで、そうじゃないってヤツは一人も居ないがな」 少し低くなった隼人の声を聞いて、せつなが、やっぱり……と小さく呟く。 「どこの棟?」 「E棟だ。見覚えがあったか?」 「いいえ。あの頃は、戦闘訓練で当たらない年下の人間になんて、興味なかったもの」 苦いものを含んだせつなの言葉に、今度は隼人が小声で、そうだな、とぼそりと言った。 “施設”――それは、かつてラビリンスに三か所存在していた、軍事養成施設のこと。ノーザを除く三人の幹部と、それに続く武人を育成していた施設だ。 歴代のイース、ウエスター、サウラーは皆、それぞれの施設――E棟、W棟、S棟から一人ずつ選ばれるのが決まりだった。勿論、せつなも隼人も、例外ではない。 メビウスによる管理体制が崩壊した後、これらの施設は解体され、そこに属していた子供たちは、一般の子供たちと同じ居住区に移った。だが、物心つく前の幼い子供はともかく、長い年月を施設で過ごしてきた子供たちにとって、変わりつつあるラビリンスは、そう簡単になじめる世界では無かった。 ウエスターは、そんな子供たちをとりわけ気にかけていて、居住区に顔を出してドーナツを振る舞ったり、中でも年長の何人かを警察組織に誘ったりしていた。 そして、今日料理教室にやって来た若者たちの中に紅一点の、せつなより少し幼く見える少女が居た。 肩の少し上くらいで切り揃えた、少しくすんだライトブラウンの髪と、色素の薄いラビリンス人には珍しい、オレンジがかった鮮やかな紅い瞳を持つ少女。 揃って体格のいい男たちに混じって皆の前に現れた少女は、その一人だけ華奢で可憐な容姿よりも、目の覚めるような鮮やかな身のこなしと、人一倍ふてぶてしい態度で皆の目を引いた。 抱えて来たドーナツの袋を、放り投げるような乱暴な手つきでテーブルの上に置き、そこに集まっている人間たちを、鋭い目つきでじろりとねめつける。 一緒に食事をしようと勧めた給食センターの職員は、至近距離に居たにも関わらず、まばたきひとつの間に彼女を見失った。 部屋から飛び出したところをウエスターに連れ戻された彼女は、椅子に座ろうともせずに腕組みをしたまま料理を一瞥して、ふん、と鼻を鳴らした。が、半ば強要されてしぶしぶハンバーグをひと口頬張ると、一瞬目を丸くしてから、がつがつと皿の上の料理を平らげた――。 (ひょっとしてあの子は今も、施設に居た時と同じように、たった一人で戦っているんじゃないかしら……) 心の中でそう呟きながら、燃えるような赤い眼差しを思い出す。途端に胸の中が炎で焦がされたようにチリチリと痛んだ気がして、せつなは隼人に気付かれないように、静かに息を吐き出した。 「まあ、あいつのことは心配するな。今のところ居住区で問題は起こしていないし、俺も気を付けて見ている」 いつもの明るい声に戻ってそう言ってから、隼人がそんなせつなに向かって、パチリと片目をつぶって見せる。 「それに、前に師匠が言ってたぞ? 食べ物を旨そうに食べるヤツは、それだけで幸せをひとつ手に入れられる、ってな」 「それが本当だとすると、あなたとラブは、いつも真っ先に幸せをゲットしてるってことになるわ」 「おお! やっぱりそうか?」 半ば本気で喜んでいるような隼人の様子に、せつながようやく、クスリと笑った。 二人はそれきり黙ったまま、ドーナツカフェの方へと足を向ける。 四つ葉町公園の木々は、少しオレンジ色に染まった光をちらちらと反射して、夏の一日の終わりを、美しく彩っていた。 ~終~ 第2話:二兎を追う者へ
https://w.atwiki.jp/llss/pages/28.html
よく話題に上るもの 下記のスレにてよく話題に上がるSS ラブライブ!のオススメSS教えて下さい!何でもしますから! ラブライブ!のオススメSS教えて下さい!part2 ラブライブ!のオススメSS教えて下さい!part3 ラブライブ!のオススメSS教えて下さい!part4 ラブライブ!のオススメSS教えて下さい!part5 ラブライブ!のオススメSS教えて下さい!part6 ラブライブ!のオススメSS教えて下さい!part7 ラブライブ!のオススメSS教えて下さい!part8 ラブライブ!のオススメSS教えて下さい!part9 ラブライブ!のオススメSS教えて下さい!part10 ラブライブ!のオススメSS教えて下さい!part11 スレタイ キャラクター 備考 日付 希「twittyun(・8・)」 μ’s・A-RISE・他 コメディ 関連作有 20141111 凛「塾に行くにゃ」 凛 感動 20141028 凛「凛の友達の友達」 μ’s・A-RISE・他 コメディ 20140920 海未「ほのうみSSでも書きますか」カタカタ 海未・穂乃果・ことり 20140830 穂乃果「汚れた世界」 穂乃果・海未 鬱有 20140625 海未「惨劇の館」 μ’s シリアス・鬱 20140608 真姫「音ノ木がゾンビだらけに・・・」 真姫・ことり 続き物 20130826 穂乃果「あなたは…誰なの?」ヴィオラ「……」 μ’s 鬱・グロ有 20140408 穂乃果「賢い犬ほのわん」 穂乃果・絵里 20140909 穂乃果「コトリバコだって! ことりちゃんが取られちゃうよ!」ことり「ちゅん?」 μ’s ホラー・関連作有 20140801 「あれから8年か・・・・・」 μ’s 他 オリ有 20140902 にこ「人という漢字」 μ’s 鬱有 20140625 海未「奇跡が一生懸命の報酬なら」 海未・ことり 20131213 海未「死後シミュレーター?」 μ’s コメディ 20140615 にこ「もういい加減はっきりさせるわよ!」 μ’s 他 コメディ 20141027 海未「指パッチン...ですか」絵里「そうよ」 海未・絵里・真姫 コメディ 20140713 穂乃果「癒し処ホノケイア」 μ’s 他 ほのハー 20141011 穂乃果「伝説の邪神……?」 μ’s・A-RISE 他 冒険・バトル 20141026 穂乃果「……余命3ヶ月?」 穂乃果・μ's 感動 20140729 穂乃果「野球で廃校を救うよ!」 μ’s・A-RISE バトル・友情 20150803 【SS】穂乃果「龍狩りだよっ!」 μ’s・A-RISE 他 安価・冒険・バトル 20150924 穂乃果「行くよ!リザードン!」 μ’s・A-RISE・Aqours 他 冒険・バトル 20161225 海未「えっ、穂乃果がけんちん汁の具材に!?」 μ’s 他 ホラー 20140823 真姫「ハゲカツラをかぶるナルシスト」 真姫・ことり 他 短編 20140906 【ラブライブ】パーフェクトまきちゃんメモ「PMMと32文字の戦い」 真姫・μ’s 関連作有 20141021 絵里「ん…んんっ」シコッ…シコッ… 絵里・海未・ことり・穂乃果 ふたなり・コメディ・続き物 20140924 【安価】 『ニュースの時間です!全国に謎の狂犬病が蔓延しています!感染者に噛まれないように細心の注意を払ってください!』 【SS】 μ’s 他 続き物・安価有 20150407 穂乃果「うるせーババア!」 穂乃果・μ’s シリアス・感動 20150803 【SS】真姫「きさらぎ駅…?」穂乃果「いや、鬼駅…」 μ’s ホラー 20151227 ことり「最後は……ロボット研究部、諸事情により辞退」穂乃果「それだ!」 μ’s・A-RISE バトル 20160423 希「気がついたら8万が消えてたんよ…頭がおかしくなりそうなんよ」 希・μ’s コメディ・カオス 20160506 穂乃果(24)「ありがとうございました、またのお越しを~!」 μ’s・Aqours・A-RISE・雪穂・ヒフミ 他 群像劇・SF・ミステリ・パロディ 20160823 穂乃果(23)「新人ホスト募集中…未経験OK、時給5000円!?」 穂乃果・μ’s 他 20170108 海未「NO EXIT ORIONって誰が書いたんですか?」 海未・μ’s 短編・コメディ 20200411 R-18G スレタイ キャラクター 備考 日付
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/800.html
A Will/そらまめ 「例えば僕が君を忘れてしまったとして、あるいは、君が僕を忘れてしまったとしたら、君と僕ははじめましてから始めた方がいいのか、さよならと言えばいいのか、悩んでしまう」 ―――Abel Dinger 『A Will』和訳 p.37(全草社)より はらはらと空から落ちてきた一枚の葉が、手元の開かれた本の上にふわりと着地した。そこは丁度読み進めていた行で、まるでもうそろそろ読書はやめたらと言われたような気がして下げていた視線を上げれば、ここに来てベンチに座った時より随分と太陽が傾いていることに気付いた。 物語の世界に入るとどうにも抜け出せなくなるのはなぜだろう。油断していたらそのまま帰ってこられなくなりそうで、今だって話の余韻でぼーっと空を見ているくらい。そのうち、登場人物達に交じって自分だったらどうするだろうと考えだしたあたり、私はこの本を気にいったのだと思う。 今日は珍しく一人だ。ラブは学校に用事があるとかで朝慌てて出掛けてしまった。美希はモデルの仕事に隣町まで、ブッキーは山吹病院の前を通り過ぎた時に院内を忙しなく動いているのが見えた。だから今日は一人でできる事をしようと図書館に寄った後、公園のベンチに腰を下ろした。 久々に一人を体験すると、こんな日もいいかもしれないと思う。 ただそれはいつもみんなのいる日常があるからこその想いで、以前のようになんでもひとりでやっていた日に戻れるか判らない程度には、この生活に慣れ始めていた。 「最近、突然意識を失って倒れる人が多いんですってね」 夕飯時、不安そうなあゆみの言葉にラブもせつなも顔を見合わせる。確かに近頃この街で意識不明で病院に運び込まれる人が増えていた。ニュースでも取り上げられ、季節の変わり目から熱中症じゃないかと当初は言われていたものの、担ぎ込まれるのは女子学生が多く数日間目が覚めず記憶障害も発生している事から、ただの病気ではないのではと噂されている。記憶障害の程度は様々で、倒れる前後の記憶がない人から、自分が誰であるか思い出せない人までいるらしい。ただ、どの被害者も数日で元に戻っている。一部では宇宙人の仕業だとかありえない話まで持ち上がり、噂に尾びれがついて大げさに街中を駆け巡っていた。 ラブ達の学校でも病院に運ばれた人がいたために、クラスでも割と話題になっている。 「知ってるよ。学年は違うけどうちの学校の子も倒れたらしいから」 「そう…ラブもせっちゃんも気を付けてね。水分補給はこまめにするのよ」 「うん」 「わかったわおばさま」 記憶障害。 被害者は女子学生。 この二つの事実から自分を狙っているのではないかと先ほどから嫌な予感が止まらない。この街で奇妙な事が起こる時は大抵ラビリンスが関係しているというのは、この半年で周知の事実となっている。ゲージが溜まった今、人々を不安にさせてFUKOを集める必要はないはずだが、新しくこの街に来た幹部はサウラー以上に狡猾な作戦を思いつく。 近頃腑抜けがちな気持ちに喝を入れたタイミングで、こんな問題解けるかー!と叫ぶ声と机を叩く音が隣の部屋から聞こえてきて何とも締まらない決意表明になった。 「いくよみんな!!」 もう何度目になるかわからないラブの掛け声に返事をして、思い切り力を込めてナケワメーケに蹴りを入れると、その分だけ高く巨体が空に飛んだ。いつものように全力で、いつものようにスティックを敵へと向ければ、いつもみたいに光に包まれた。 もう少しでその姿もただのダイヤ型に変わるだけという時だったから、なんて言い訳だが、四方を囲んでいる自分達もほっと一息ついていた。 だから、最後の気力を振り絞ったかのようにナケワメーケの腕がこちらに向き、認識すら難しいほどの速さで何かを放った事にすぐさま対応できなかった。 「ぐぁっ…!」 鋭い痛みと衝撃でよろけそうになる体をなんとか踏みとどまらせる。鈍い痛みのする胸に手を当てて触ってみたが、出血らしきものはない。少しもしないうちに痛みも引いた。とっさにみんなは大丈夫だろうかと周囲を確認してみたが、未だ激しい光を見上げており特に変わった様子はなかったので一安心。どうやら被害は自分だけで、気づかれなかった事にも安堵する。 ダイヤも消滅して、変身を解いた後服の上から胸の辺りを触ってみたが、特に違和感はなかった。 「なんで今日はナケワメーケだったのかしら?」 「今日はナケワメーケな気分だった。とか?」 「そんな適当に決めてるものなの…?」 「違う…と言い切れない程度の馬鹿がいるのは確かよ」 ちょっと間違えたとか言ってナケワメーケを召喚しそうなアホを知っているので否定はできない。 そういえば、今日のナケワメーケは何を媒体にされていたのだろう。 ―――――――… 「…あれ、せつな今日日直だっけ?」 「ええ。先に学校に行ってるわね」 「うん。また後でね」 布団から上体を起こし目元を擦るラブにそう言った後、学校へと向かった。 定期的に回ってくる日直は、みんなより早めに登校してやらなければならない雑務がたくさんある。日直の仕事が嫌だと思った事はない。みんなは面倒だとぼやいているけど、私にはみんなの面倒すら新鮮で、楽しくて、毎日日直でもいいからこんな日がずっと続けばいいのにと、ひとりの教室で黒板に名前を書きながらそんな事ばかり考える。 三十分ほどして一通りの仕事が終わったが、クラスメイトはまだ誰も来ていない。このままみんなが登校してくるまでぼーっとしているのはもったいない気がして、この前から読んでいる本を鞄から取り出した。 「僕が持っている大切な物を一つずつ捨てろと言われたら、最初に捨てるのは君との思い出だろう。だって僕にとって大切な物はそれしかないから」 ―――Abel Dinger 『A Will』和訳 p.152(全草社)より 一人また一人と教室にやってくるクラスメイトに挨拶をしながらラブを待つ。また遅刻ギリギリで来るのだろうか。いつもは自分が急かしているのでそうそう遅刻はしない。最近あゆみおばさまに「せっちゃんが来てからラブの遅刻癖が改善されたみたい。ありがとう。これからもラブの事よろしくね」と言ってもらえて、自分が誰かの役に立った事がとても嬉しかったのを覚えている。 時計をちらりと見た後パタンと本を閉じると、同時にチャイムが鳴って、それと同時に勢いよく教室のドアがスライドされる音が合わさり、今日は朝から随分と賑やかになった。 「…っセーフっ!!」 「アウト―」 「なんでさ大輔っ! 今のはギリギリオッケーでしょ!!」 「朝からうるせーなー、象がこっちに走ってきたのかと思ったぜ」 「なんだとー!」 「はいはい、席につけー、遅刻にするぞ桃園―」 「ぅわっ先生いつの間に…」 ドアのところで問答していると、たしなめる声が背後から聞こえてぎくりと肩が上がる。丸めた教科書を片手でポンポンと叩きながら見下ろしてくる担任に、たはは…と愛想笑いをしてこそこそと自分の席に着く様子は、一瞬で教室中に笑いを誘った。 「遅かったわねラブ」 「あ、せつな。先に行くならそう言ってくれればよかったのに。せつないつまでたっても降りてこないから、朝ご飯三杯もおかわりしてすごいのんびりしちゃってたよ」 「ラブ寝ぼけてたの? 日直だから先に行くってちゃんと言ったじゃない」 「あ、あれ? そうだっけ…? たはは…」 ジトーっと見るとバツが悪い様に視線を逸らし、わざとらしくぴゅーぴゅーと掠れた口笛を吹いてごまかそうとしていた。 ―――――… 「あのね…あたし今から変な事聞くけどいい…?」 「その前置きがすでに変だけどいいわよ」 「どうしたのラブちゃん?」 せつなは委員会で今日は別々に帰ってくる予定で、それぞれ他の学校に通う幼馴染二人と一緒にカオルちゃんのドーナツを食べながら待っていた。 「えっとさ…あたしとせつなってなんで仲良くなったんだっけ?」 「は…? ラブ何言ってるのよ」 「だから最初に変な事聞くけどって言ったじゃんー!」 「何かあったの?」 「何かっていうか…なんか最近せつなと一緒にいると、どうして同じ学校に通ってるのかとか、どうやって仲良くなったか一瞬判らなくなる時があって」 「ラブ、まさかアンタまで例の記憶障害になったの?」 「記憶障害…? あ、そういえばそんなのもあったね」 「熱は…ないみたいだね」 ラブのおでこに手を当てて祈里が確認するもいつもと変わらない体温で、くすぐったいよーと笑うラブの表情も言動以外には問題なし。美希の方に顔を向けると彼女も分からないと言う風に首を左右に振った。 「違和感ある所にラビリンスありって言うし…」 「何その格言。初耳だけど」 「あたしの経験から生まれました。でね、用心しておくに越したことないから二人にお願いしたい事があるんだけど…あのね、もし…――」 ―――――… 校舎の窓越しに外を見ると、茂っていたはずの木にはもうほとんど葉が残っておらず、大半が下の地面に落ちている事に気付いた。それがまるで絨毯のようで、これから冬になるというのにカラフルすぎるそこは何となく場違いに感じた。 一体いつから葉が枯れ落ちていったのか自分には思い出せなくて、そんな風景の変わり様のように、ゆっくりと異変が起きていた。 例えば、一緒に登下校をする回数が減った。宿題を見せて欲しいと自分に言ってこなくなり、代わりに別の人に頼んでいたり、目が合うと一瞬だけ驚いたように固まったり、なんとなく、以前よりもラブとの間に溝が出来たような気がした。でも、本来はこれが普通なのかもしれないと思って、気のせい程度の事にいちいち答えを求めるのはラブを束縛しているようで、気が引けて小さな変化の理由を聞くことはできなかった。 そんなもやもやとした気持ちでいると、時折胸がチクリと痛んだ。 「ラブ、最近せつなと帰ってくる事減ったわね」 角を曲がったところで美希と行き会って、そこから二人で歩きながら雑談をする。お互い違う学校だから、今日の変わった出来事とかを話のネタにすれば話題には事欠かなかった。その話の延長から、そういえば同じ学校に通っているはずの二人が最近一緒に帰っている姿を見かけなくなったと美希は思いだす。 「え、せつな? そういえば職員室にプリント提出しに行くって言ってたね」 「そのくらいの用事なら待っててあげればよかったじゃない」 「えー、なんで? 別に一緒に帰らなきゃいけないわけでもないのに」 「っ…、それは、そうかもしれないけど…」 ごく自然に、それが普通とでもいうように返された答えは予想外なもので、変なのーと笑うラブは背中に背負った夕日の逆行のせいか、言葉にできない違和感を纏っているようで知らずに息を飲んだ。 「ら、ラブ。今、リンクルン持ってる?」 「急にどうしたの美希たん? そりゃ持ってるけど…」 「ちょっと見せて」 「えっ、いいけど…」 隠す様子も素振りも見せずに差し出されたそれは紛れもない本物で、首を傾げるラブの仕草もいつも通りだった。 …それでも、おかしい。 だってあのラブが、理由もないのにせつなを置いて帰ってくるなんて。 戸惑いながらもリンクルンを返すと、受け取ってポーチへと戻し、それで今日さーと、今の事を気にする様子もなく話す学校での出来事に再び耳を傾ければ、とりたてて変わらぬ平和な日だったらしい。ただ、驚くほどせつなの話題がでてこない。いつもなら頼んでもないのにせつながすごかったと興奮気味に話すのに。 「ラブ、今日のせつなはどうだったの?」 「せつな? 別に普通だったと思うけど…っていうか美希たんさっきもせつなの事聞いてきたけど、美希たんとせつなってそんなに仲良かったっけ?」 その言葉にギシリと体がさび付いたように動けなくなった。数歩先で立ち止まり振り返ってきたラブは、不思議そうにこちらを見ている。言葉にならない緊張が走り、背中に冷や汗が伝った気がした。 「なに…言ってるのよラブ…アタシ達プリキュアで仲間じゃない…」 「いや、そうなんだけどさ。あたしもせつなの事よく知らないからどうって聞かれると少し困るっていうか」 ラブがせつなをよく知らないなら、アタシ達はどれほどせつなを知っていると言えるのだろう。あんなに一生懸命に想いを伝えていた人が、知らないなんて言葉をそんな平気そうな顔で言うなんて。 「ラブは、なんでせつなと知り合ったんだっけ?…」 「え? 四人目のプリキュアを探してて、見つけたからじゃないの?」 「そう…だったわね…」 あまりに簡素すぎる答え。一言で語れるような話じゃなかったはずのせつなとラブの関係は、同じプリキュアで居候というただそれだけの存在になっていた。 何か変だと気付いてから、一先ずいつも通り自分の家の前で手を振ってラブとは別れ、玄関の扉を閉めると同時にリンクルンで祈里とせつなを公園に呼び出した。制服姿で鞄を揺らして走ってきた祈里は学校帰りだったようで、何があったのと息を切らせながら心配そうにわたわたしてこちらを見る。せつなはそれとは対照的に、暗くなった辺りよりさらに暗い顔で歩いてきた。その手にはぐしゃぐしゃになった一枚の手紙を握りしめて。 「ごめんなさい…」 「どうしてせつなが謝るのよ」 「ラブの事、私のせいだから…」 「せつなちゃん自分を責めないで。知っている事があるなら教えて?」 …以前ラブが言っていた「違和感ある所にラビリンスあり」の格言は大正解だったようで、例によってプリキュアである自分達を狙っての今回の事らしい。手にした手紙を読み上げるせつなの声は固く必死で感情を抑えようとしている風にも見えて、こちらに関してもラブが正解かもしれないと今はいないリーダーを改めて見直した。 「にしても今回はいつもとは違う厄介さね」 「この作戦を考えたのは多分ノーザよ」 「ノーザってこの前来た女の人の事?」 「ええ。サウラーよりもずっと容赦のない人よ。だからこうしてわざわざ教えてきたのよ今回の事。そっちの方がダメージを大きくできるって考えて」 そう。これは自分に対しての精神攻撃が一番の目的だろう。ゆっくりと時間をかけたのは今回の事が相手にとっては暇つぶし程度でしかなく、ソレワターセではなくナケワメーケを使った作戦もシフォンを狙うためではないから。最近起きていた記憶障害も、今回の作戦のためのナケワメーケを作る実験としてやっていたらしい。 そして末出来上がったのが、寄生した人の一番大切な思い出を奪うナケワメーケ。 重要なのは寄生した本人から思い出が無くなるのではなく、一番大切な思い出を一緒に築いた人から寄生した人の思い出を奪うという事。 ラブとの思い出が一番大切だったから、ラブからせつなという人間との思い出が消えた。加えてその変化に疑問を持たない程度に辻褄を合わせた記憶が今のラブにはある。 寄生…という事は、あの時ナケワメーケに攻撃されたのがそれだったんだと気付いて、どうしようもなく自分に腹が立った。この計画のために関係ない学生が被害を受けてしまった事もそうだし、ラブと一緒にいればいる程、ラブの記憶に干渉してしまう事もそうだ。 加えて自分の思い出が原因の記憶障害だから、このままでは自分に関わった全ての人が被害の対象となる可能性がある事。今はまだせつなという人物との思い出が奪われているだけだが、そのうち自分自身の事すら分からなくなってしまうかもしれない。そんな事になれば、プリキュアが終わってしまう。 「少し、距離を置きましょう」 「せつなちゃん…」 「別にずっとっていう訳じゃないわ。今回のナケワメーケをどうにかするまでは」 眉が下がる祈里から心配している気持が痛いほど伝わってくる。それなのに何もかも隠して静かに微笑むだけのせつなに対して、二人を見ていた美希に苛立ちが募った。 気づかれないほどそっと、握りしめていた手に力を入れる。感情に任せて怒ってしまいたくなるのを抑えて、そっと息を吐き出して、ラブとの約束もあるのだから落ち着けと自分に言い聞かせる。 「記憶が奪われないようにアタシ達との接触も極力避けるって? それこそラビリンスの思い通りになっちゃうじゃない」 「大丈夫よ。ラビリンスが街に現れたらアカルンですぐにみんなのところに行けるから」 「大丈夫、ねぇ…何がどう大丈夫なのか分からないわね。例えばせつなの言う通りにして、無事この件が解決したとしても、せつなはきっと元のような状態に戻ろうとしないんじゃないの? 今みたいにアカルンがあるからとか言って」 どれほど自分が真剣かわかってほしくて睨みつける程強い視線を送れば、せつなは同じようにこちらを見るだけ。何も言わない。何も変えない。 自分のせいで周りに迷惑がかかるのを常に恐れているせつなは、あの手紙でその事実を突きつけられて自分を許せなくなっている。今のせつなは、アタシ達の傍にいる事すらよしと出来ないのかもしれない。 「…自分がいなくなれば、解決するとでも思ってるの…?」 ふっと目を逸らしてため息交じりに足元を見た。街灯が無ければ自分の靴と地面の区別もつかないくらいには時間は過ぎていて、想いさえもこの暗闇に飲まれてしまいそうな気がしてたまらなくなった。 「私は…みんなを護りたいの」 そんな気持ちを知ってか知らずか、せつなは沈んだアタシの心に一瞬で火をつけるような事を言う。 「せつなはアタシ達の何を護ろうとしてるのよ!!」 声を荒げるとせつなの肩がびくりと上がったが、今は気にしない事にした。 これだ。問題解決のために真っ先に自分を切り捨てる方法をとろうとする所や、それが当然と思っているのが本当に腹が立つし、一人で抱え込んで耐えようとしているのとか、出来るなら正座をさせてその事について何時間でも説教してやりたいが、それと同じくらい抱き締めてあげたくなる。泣きたくなる。 「アンタはもうアタシ達の仲間なの! みんなを護りたいっていうなら自分も含めて全員を助ける方法を考えなさいよっ!!」 「…―――あのね、もし、これから先少しでもあたしがおかしい事してたら色々と疑ってほしい。あたし自身が問題ないって言ってもだよ。それから、そうなった時、せつなを一人にしないであげて。お願い」 ラブから言われた言葉を思い出して、意地でも一人になんてしてやらないと自分を奮い立たせる。聞いた時はあまりに真剣に言うので驚いてしまったけど、時々起こる馬鹿みたいに鋭い勘が今回発揮されたようだ。 気に入らないのはやり方よりもその姿勢。 祈里に目線を送れば、先ほどまでハの字だった眉は上を向き、気合を入れるように胸の前でグッと拳を作って頷いてくれた。 「まず、今回の件を解決するためにもせつなはすぐ脱走しようとする癖を治しなさい」 「脱走って…」 「大丈夫だよ美希ちゃん。わたし達せつなちゃんの手を離したりしないもの。嫌だって言っても離さないからね?」 「ブッキー…」 「ブッキーの言う通りね。せつな、アタシ達から逃げられるなんて思わない方がいいわよ」 根拠のない自信で人を安心させるのはラブの専売特許だけど、今回はそれを倣ってみる。胸をつきだして偉そうにしてみれば、せつなの眼が大きく見開かれた。 「…ふ、ふふっ…あなた達には本当にいつも驚かされてばかりね。いつも励まされてばかりで……この記憶をみんなと共有できなくなるのは…哀しい…わね…」 だんだん小さくなっていく声と一緒に歪んでいく顔に喉の奥が痛くなって、震えだした体を前後から囲むように二人で抱き締めると、この状況ですら耐えるように嗚咽を我慢しているのが判り、知らずにこちらも唇をぐっと噛んでいた。 「置いていく方と置いていかれる方、どちらが辛いかと聞かれても、今の僕には分からない。そんな事より、君が今隣にいない事の方が重大だ」 ―――Abel Dinger 『A Will』和訳 p.202(全草社)より 何かおかしいと思ったら即報告。 言葉にすれば当たり前の事を今までしてこなかったのは、自己完結ばかりだったからだろう。実は胸元に攻撃を受けていたと話すとそれはもう言葉にできないほど二人は怒り、上記の文を美希と祈里に呪詛のように言われ、二人のいない今もなお頭の中で壊れたラジカセのようにそのフレーズばかりがリピートされ続けている。 今回の件で自分が如何に駄目な対応をとっていたかはよく分かった。分かったからもうやめてくださいと授業中うんうん唸っても、隣の席のラブは気にも留めなかった。 今のラブからしたら自分は通行人Aのようなものなのだろう。そう自分で考えておきながら、気持ちが沈んだ。 放課後、ラブ以外の三人で人目のない森へ集まる。寄生されたのだろう胸元にはビー玉のような丸い模様があり、押してみると少しだけ痛かった。以前より円が大きくなっている気がしないでもない。それを話してみると、時間が経ったからか、記憶の吸収によるものではないかと言われた。 まずは寄生されているのをどうにかしなければという事で話し合う。 「ナケワメーケがやった事なら、やっぱり浄化すればいいんじゃないかな?」 「それが妥当よね」 結論は最初からそれしかなくて、プリキュアの力でどうにかするのはわかる。でも、一つだけ気が気ではない事があった。 「このナケワメーケを浄化できたとして、それでラブの記憶は戻るのかしら…」 「っ…それは、正直わからないわ…」 手紙には「奪う」としか書かれていなかった。奪ったものを蓄積している本体が消滅してしまったら、記憶までも消えてしまうのではないか。これまでのラブとの関係が無かった事になると思うと、とても怖かった。今までの絆が、繋がりが消える。多いとは言えない自分の大切な思い出の中で一番輝いているモノが無くなってしまう消失感に、自分は耐えられるだろうか。 「せつな。キツイ言い方かもしれないけど、このままじゃ事態は悪い方へ行くばかりよ」 「わかってる。わかってるの…」 自分に言い聞かせるように呟きながら、耐えるように服の上から胸を掴んでいる姿は痛々しく、顔色も悪い。 せつなにとってラブがどれだけ大切で信頼しているのかが見て取れる。そんな人に自分が忘れられてしまうかもしれないのは、想像できないほど辛いだろう。でも、ラブがせつなを、せつながラブを大事にしているのに負けないくらい、自分達だってせつなは大事だから。ラブの思い出が消えてしまう事を、自分の全てが終わってしまう事と思わないでほしい。一人じゃ辛いなら支えるし、一緒に乗り越える事だってできるから。 祈里に目配せをする。 胸を掴んでいる手に覆う様に自分の手を重ねて、ゆっくりと服から離す。反対の手は祈里が両手でそっと持ちあげた。 「アタシ達がついてるわ」 「せつなちゃんはひとりじゃない。この手は離さないよ」 「……私は、ラブに連れ出してもらえて、初めてこの世界が好きになれたの」 「うん…」 「そんなラブがいなくなるなんて、私…」 「せつな、ラブはいなくなんてならないし、もしせつなとの記憶がラブから無くなっても、せつなが今までを覚えているなら、無かったことになんてならないわ。今まで手を引いてもらっていたのなら、今度はせつながラブの手を引く番よ」 隣で、手を繋いであげて。 背中を押すと同時にここにいていいという意味が含まれた励ましの言葉に、美希なりの優しさを感じて、何も言わずにずっと手を繋ぎ続けてくれている祈里の優しさも伝わって、そんな温かさに、自分は本当に恵まれた場所にいるのだと理解できた。だから、ゆっくりと頷けた。 ぜえぜえと息を吐きながら膝と両手をついて俯く私を前に、ベリーとパインの顔もすぐれない。覚悟を決めて二人から浄化の技を受けたが、ギリギリのところで威力が足りずに胸元の模様は消えなかった。初めてまともに技を受けた感想は、痛くはなかったが違和感と圧迫感であまり気持ちのいいものじゃなかった。 「ラブも…呼んでくるしかないか…」 「え…」 思わず顔を上げてベリーを見ると、そんな顔しないでと悲しそうに言われる。覚悟したとはいえ今のラブに近づくのは怖いし、記憶も奪ってしまうからと、今日に至っては一言も会話していない。 「アタシとパインの二人じゃ無理だったけど、ピーチのラブサンシャインも合わせればそれも消えるはずよ。今のラブに会うのは辛いかもしれないけど…」 「…そう、よね…」 「おーい! どうしたのさこんな所に呼び出すなんて。何かあったの?」 私服の上にジャケットを羽織ってやってきたラブは、まっすぐ前を見ながらいつものような足並みでやってくる。 こちらに近づく度にクシャリ、クシャリと枯葉の踏まれる音が大きくなり、無造作に絨毯をかき分ける様が得体のしれない何かに見えた。 「細かい説明を省くと、これからアタシ達と一緒にせつなにラブサンシャインを打ってほしいの」 「…ふーん……いいよ」 「理由は、聞かないの?」 「…うーん、別に。あんまり気にならないし」 たとえ浄化の力だとしても、仲間に技を放つ。それを一瞬考える素振りを見せただけで気にならないとぼやく今のラブには、欠落してしまった記憶と一緒にせつなという存在さえも曖昧になってしまったんだろうか。睨むでもなく、蔑むでもなく、有象無象のようにしかその眼には映らない。それは、踏まれても気付かれなかった枯葉と一緒だった。嫌われるよりも存在を否定される方が寂しいと、この時初めて知った。 「いくわよ。用意はいい?」 変身も終わりスティックが構えられ、ベリーの掛け声が静かな空間に響く。頷く他の二人に続くように頭を上下させれば、アイコンタクトでもわかる「絶対に助ける」というベリーとパインの想いに、もう一度目線を送る。ピーチの方へも一瞬だけ目を向けると、交差した視線から困惑するように揺れる感情が見て取れて少しだけ首を捻った。 「プリキュア! エスポワールシャワーフレッーシュ!」 「プリキュア! ヒーリングフレアーフレーシュっ!」 「プリキュア! ラブサンシャイン、フレーシュ!」 「…くっ……ぅぁ……」 三人からの力に、内側からもやもやとした圧迫感が上がり思わず声が漏れる。眩しくて開けていられず細めた目線の先に、苦しそうな表情でスティックを向けるピーチがいた。 記憶が無いにも関わらずそんな顔をしてくれたのが嬉しくて、ラブはラブなんだなと思えたところで記憶が途切れた。 ―――… 「えーと…あたしの、友達…ですよね…? すいません…思い出せなくって…」 目が覚めると自分のベッドで寝ていた。直後に部屋に入ってきた美希が驚いたように駆け寄ってきて、自分が倒れた後崩れるようにラブも倒れたのだと教えてくれた。 そして今、申し訳なさそうに謝るラブがベッドにいる。私の記憶は残っていないようで、初めて会いましたとでもいうような余所余所しさだった。二人きりの空間に少しの緊張が生まれる。 ラブと二人になってこんなに落ち着かないと思ったのは初めてで、本当はこの場から逃げ出してしまいたかった。 それでも…――――数回深呼吸をして、一歩前へ。 「…以前の私なら、さよならって言うんでしょうね。こうなってしまったのは私のせいだし…でも今は…はじめましてからまた始めたいの」 「えっと…」 「私は、東せつなって言うの。あなたの名前を教えて?」 「桃園…ラブ…」 「ラブ。私と、友達になって貰えないかしら?」 ラブが何も覚えていなくてもいい。今度は私から手を伸ばすから。 「ぅ…ぅう…」 「えっ…」 綺麗に笑えていたかは分からないがその時出来る精一杯の笑顔で言えば、ラブは途端に泣きそうな顔になり、流石にその反応は予想外で驚く。 きょとんとした後、いつもみたいな笑顔でいいよと言ってもらえると思っていたから。だから、そんなに、泣くほど自分と友達になるのが嫌だとは思わなくて、一歩前に踏み出すことがこんなにも大変で、想いを伝えて受け入れてもらえないのがこんなにも辛いとは思わなかった。 本当に、今更、こういう立場になってラブが自分にしてくれていた色々がどれだけ嬉しかったか分かったのと同時に、その気持ちを共有できなくなったのがとても悲しくて、痛かった。 「…ごめんなさい。今のは、忘れて。私とあなたは元々知り合い程度だっただけだか…」 「うわぁあああん!! ごめんねせつなー!! あたしせつなの事忘れてなんかないよずっと友達だよーーー!!!!」 「…は?」 一からでも友達になりたいと思った。でも、ラブが拒むなら自分はただの居候のままで構わない。そう思ってさっきの自分の申し入れを無かったことにしようとしたら、いつものような大泣きでベッドから飛び出したラブが抱き着いてきた。いや、それだけならまだしもラブは今何と言った?忘れてないとかなんとか言わなかったか…? 「だから言ったじゃない。せつなはまた友達になってくれるって」 「でもあのままいってたらわたし達の今回の苦労が水の泡になるところだったね」 ドアが開く音と同時にそんなセリフが背後から聞こえてそちらを向けば、美希と祈里が苦笑いしながら入ってきた。 「…どういう事?」 「そんなに睨まないでよ。ごめんって」 「今回の事よく覚えてないっていうからラブちゃんに話をしたらね…?」 【は? あたしがせつなを蔑ろにしてた? あはは、あたしがそんなことするわけないじゃん】 【事実よ。せつなの事なんてよく知らないってアタシに言ったし】 【え、嘘…まじで…? ど、どどどうしよう…せつなに何てこと……どうしよう。せつな、もう前みたいに隣にいてくれないかもしれない…】 【大丈夫だよラブちゃん】 【だってせつなだよ!? 一度手を離したら、もう掴んでくれないよ…うっ…ぐす…】 【はー、わかった。ならこうしましょう…―――】 「と、いう訳で、ラブがあまりにもせつなを信用しないからこうしてみたの」 「あ、あのねせつな、別にせつなを疑ったりしてたわけじゃなくてね? あの…」 「いいのラブ。私の日ごろの行いのせいよね」 普段からそれだけラブを不安にさせてしまった事を謝らなければいけないと思ったが、泣きべそをかきながら抱きついてくれたのが嬉しくて、ごめんの代わりにありがとうと小さく呟いて笑った。 「僕と君を天秤の両端に置いてその価値を量っても、僕が君を必要とする想いまでもは量れない。だってそうだろう? 数字で測れるほど、僕も君も予定調和な人生を歩んできたわけではないのだから」 「どうしたの? いきなり」 「今読み終わった本の最後のページにそう書いてあったの」 『A Will』というタイトルとは裏腹に、登場人物が誰一人として死ななかった物語。 人は死ななかった。それでも最初より随分と様々な人の考えや人物背景が変わった。変わった事を死んだと表現したかったのかはこの著者にしかわからない。それでも、変わる事を死と捉えるなら人は何度生まれ変わるのだろうと、空に漂う雲の数を数える頭の片隅で少しだけ考えた。 「せつな、みんな来たよ。本の世界から帰ってきて!」 「大丈夫よ。もう戻ってきてるわ。行きましょうラブ」 パタンと閉じた本から少しだけ風が起こり、丁度落ちてきた葉がその風で少しだけ軌道を変えた。 ※作中に登場する、『A Will』(Abel Dinger著)という本は作者の創作であり、「全草社」という出版社は実在するものではありません。